突き破れ
じゃあなといったそばからもう一回書くのもあれですが・・・
今日部室におったら、友達が言った。
「なんか楽しい事ないかなー」
「ん??(笑)」
その友達は彼女がいないから人生そんなに楽しくないらしい。
「おれは彼女いないけど毎日楽しいぜ」
おれは言ってやった。
「いや、それは知らないだけだ。彼女ができたらもっと楽しい毎日が待っているのだ。」
ほーん。
私は賛成の意見と否定の意見を持ち合わせた。
賛成から。
今日テニス終わりに先輩と昼めしを食いに行った。
そこで私は衝撃的なものを目にした。
その先輩、なんとトン汁に七味をかけていたのだ。
曰く、めちゃくちゃ合うとのことで、子供のときからかけているらしい。
おれは思った。
トン汁はもう完成されているんだ。それに七味をかけるなんて、モネの絵画に赤ペンキをぶっかけるように汚らわしい行為だ。なんてナンセンスな人なんだ、この人は。と。
「やばいっすよそれ。」
「やってみろよ。」
おれはしぶしぶやってみた。
美味かったのである。
味噌のまろやかさと、七味のスパイスが間違いなく共存して、いや、共鳴していた。
なんてこった。
衝撃だった。
この例からわかるように、彼女がいるというのは、想像をもしなかった幸福が訪れるのかもしれない。
さて、反対意見を。
おれは実家通いである。片道約1時間かけて大学まで通う悲しき自宅生である。
何度も交渉したが、母親はかたくなに拒否し、結局夢の下宿生活は訪れていない。
おれは何度も激昂した。
そもそも昔から、親はこう言っていた。
「お前の面倒を見てやるのは高校までだ。大学からは家を出ていけ。」
と。
私は少年時代から、いつか来る、独り立ちの日を想像し、孤独とそして興奮を感じていた。
それが、である。
大学が決まると手のひらを返したように、家から通えるからそれで行け、だったのだ。
おれの夢見た下宿生活は、消えた。
何度も考えた。
下宿さえすれば、もっと楽しい毎日が待っているのに。
自分の好きな料理作って、好きなだけ飲み会して、早起きしてテニスして・・・
何度も思った。
一度マジで切れたことがあった。
議論は無駄であり、おれはロードバイクにまたがり、あてもなくこぎ続けた。
その時気づいた。
別に下宿しなくてもいいんじゃねーの?
おれは昔からずっと下宿を夢見ていたがゆえに、絶対的な幸福を信じて疑わなかったが、別に下宿なんてしなくても、幸せにはなれるんじゃねーの?
そう気づくと、一気に楽になったのである。
今は実家生活に満足しているし、親孝行だと思って、家族との時間も大切にしようと考えている。
(それでもたまに、ほんのたまに、下宿していた人生を考え、寂しくなる。)
さて、どうなんだろ?
皆さんどうおもいます?
孤高のソロ充 ボーン